旅するデザイナーとマフラー

旅する暮らしを目指しながら建築についてなど日々思うことを書いていきます。

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我々はどれほどこの「世界」を知っているのだろう?

大学ではファインアートではなくデザインを学んでいる。

デザイン・設計を学びはじめまだほんの2.3年しか経っていないがどうすれば上手く進むのか、どういったものがいいのかほんのちょっと少しずつでもわかってきた。

分析や調査を行い、最初の糸口にさえたどり着けばどおのずとカタチや空間が見えてくる。それは数学で解を見つけ出すような感覚に近い、もともとある答えを探り当てるようなものだ。問題は相手が提示してくれている。向き合うべきは相手だ。

 

ファインアートは難しい、自分と向き合う、自分を知り自分の中からまだない答えをうみださなければならない。自分と本気で向き合い、絵でも文章でも自分を本気で表現しようとすると自分のつまらなさ、底の浅さにうんざりする。自分は世界を何も知らないのだと痛感する。ここでいう「世界」とは大学生が「社会経験」などの意味で使う「世界」ではなくもっと広い意味での「世界」だ。

木々はどういった枝葉をしているのか?空間とはなんなのか?光があるとなぜ影ができるのか?言葉とはなにか?etc...

この世の中を構成しているものこと全てをひっくるめた「世界」にはまだまだ知らないことが多すぎる。そんな世界に生きていて自分はどれほどのことを知っているのだろうか?どれほどの疑問に気付いているのだろうか?

聞きかじった話で知った気になっているだけで自分の中に残っていない、だから自分を表現するときにいつも詰まってしまうのだ。

 

この世界に自分はどれだけ本当に向き合ってきたのだろう?

 

課題やらなんやらとにかく忙しく充分に思考する時間もなく小手先だけの表現でその場をしのいできた生き方をやめ、充分に世界と向き合い、充分に自分を表現したい。