旅するデザイナーとマフラー

日常の備忘録。そしていつかする旅にむけて。

同窓会は品評会なのか

anond.hatelabo.jp

 

 上の記事を読んだ。現在高校教師を務めている増田が久しぶりにあった高校の同級生達の話が全て品評会のように聞こえ、自分と価値観が合わなくなってしまったことに気付いたという内容だ。

 

 私も主に大学に入ってから、周りの人間の価値観が合わないと感じることがある。人間の質が高校生とは違うと。

 具体的には、会話の内容がどこのブランドがいいやら、異性について容姿や行動の評価など、どことなく他人を品評し、自分とどちらと優れているのか、この増田と同じようなことを感じた。

 

 そういえば先日小学校の同級生1人が今夏から海外生活を始めるとのことで、送別会が当時の同級生数人で行われた。ほとんどが実に4年ぶりくらいで、中には小学校を卒業してから会ったことないかな?というようなものもいる。かつての同級生は皆大人になり、大学院生になっているものもいれば、社会人になって働いているものもいる。

  昔話に花が咲く。しかしそこでも、今どんな異性と付き合っているのか?どんなブランドをもっているか?今時分は株でこれだけ儲けているなどとこの増田の同級生と同じような会話が繰り広げられた。

 

 たまに大人になればなるほど人の多様性がなくなっていると感じることがある。高校くらいまではこれをしたい、これになりたいという夢を皆語っていた。色んな人がいて、それぞれが夢に向かってはしっていた。その動機は単純な自身の純粋興味から湧き出るものだった。

 

 大人たちの興味も一見多種多様に見える。しかしその根本を見れば、金や異性などたった2,3の事柄に結びついていくように見えてならない。こういう風にしか見れなくなってしまった私に問題があるのだろうか。

 

 でも中には今も変わらず、彼らが今取り組んでいることについて、自身の好奇心から湧き出る根拠をもとに、楽し気に話す同級生もいて、そんな彼らの姿をみて嬉しくなった。

 

 次にみんなで集まるのはいつのことになるだろうか。彼女が海外から帰ってきたときであろうか?

その時はどのような会話が繰り広げられるのだろう。 

久しぶりに日記を書いた。

f:id:abingdonelinika:20180617213644j:plain久しぶりに日記を書いた。

 

浪人をしていた頃は、毎週末にその週のまとめとなるような日記を書いており、その週に一体自分は何を成し遂げることができたのか振り返っていた。このおかげで予備校に通わずとも自分を律しながら勉強を続け、希望の大学に合格することができた。

 

浪人時代の一年は一日一日が貴重だった。

 

大学に入って日記を書くことを辞めた。なかなか忙しさなどにかまけていた等の理由はあるが、しかし振り返るとなかなか時間を無駄にしていたことも多かったことに気付く。一日一日私は何を成し遂げたのかわからぬまま日々を過ごした。

 

久しぶりに日記を書いた。

 

大学院の時間は短い。

 

一日一日を大切に、今週、今月、今年これを自分は成し遂げたんだと、胸を張って卒業できるよう過ごしたいと思う。

公園

じっとしていても暖かい季節になってきた。

そんな陽気に誘われて、先日は近所の公園で読書。

 

本を読んでいると公園のBGMがとても心地よいことに気付く。

顔を上げると、公園内には様々な人と動物が、活動していた。バドミントンをする子供、ウクレレを鳴らす男性、レジャーシートを敷いてピクニックを楽しむ家族。鳥たちも楽しそうにさえずる。

 

様々なものたちが集まり、お互いの気配は少し感じ取りながら、程よい距離感でそれぞれの活動を行う。

 

人が集まっていることからくる安心感と他者から干渉されないことからくる安心感の2つが共存しているとてもよい空間が出来上がっていた。

 

この近所に引っ越して1ヶ月、こんな豊かな場があると気付けたのはとても幸せだし、これからも足を運ぼうと思った。

 

こんな場があちらこちらにできたなら、それはとても幸福なことだし、これからの社会はそういった空間を生み出していくべきだろう。そのためには誰がどんなことをすればいいのか。そしてデザイナーは何をすべきか、明確に考えるべきときがきたようだ。

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帰りたくなる故郷。

先日久しぶりに高校時代の友人と会い、高校付近を散策した。

 

高校1年生の頃、高校に行くのが辛くてさぼったはいいものの行く当てがなくフラフラしてると辿り着いた商店街

高校2年生の頃、友人とよく座って話していた公園のベンチ

高校3年生の頃、よく勉強していた喫茶店

 

苦い思い出もたくさんあるが、そこは紛れもなく私が高校時代を過ごしていた場所だった。

 

大学を卒業して1ヶ月が経つ。一ヶ月も経つと大学時代の苦かった思い出等もだんだんと美化されてくるが、いまだに後悔していることがある。

それは大学生活が家と大学の往復になってしまいすぎたことだ。大学構内での思い出はたくさんある。サークル活動を行った部屋や同級生と夜までともに課題を行った教室などなど。1人暮らしの下宿先も初めての一人暮らしということでたくさんの思い出がある。しかしそれら点を結ぶ線となる部分、もっというとそれらを描く平面の余白となる部分にあまり思い出をつくらなかった。端的に言えば、その土地を知らずして卒業してしまったし、ただ目の片隅に入っていた風景としか認識できていなかった。

 

 今でもふと思う。何かのきっかけでまた大学付近を散策することになった際、私はそこを自分が大学生活を過ごした場所であると認識できるのだろうか。非常に悔やまれる。

 

今は大学院にいて、また別の土地にいる。2年後卒業するときに、確かに私はここで過ごしたんだと胸を張っていえるよう、この土地を知りながら生活をしていきたい。

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(写真は本文とはあまり関係ありません。大学時代に研究でお世話になった地域。私はここに住まいをもっていたわけではないが、数年後大学生活で印象にのこっている土地と言われたら、ここを挙げるだろう。)

DJ社長は好きなことで成果を出して生きていく

https://m.youtube.com/watch?v=n8O3svhKLEs

レペゼン地球という方の上の動画がyoutubeのおすすめに数日前からあがっていて、特に興味もなかったのでずっと放置していたのだが、今日なんとなしにラジオ感覚で見てみるか、、と思い見てみることにした。

ま初めて数分の感想は、見た目はヤンキーで、話し方も悪い意味でおちゃらけていて、過激なことして再生数稼ぐ迷惑系YouTuberか、、と落胆していた。

しかし動画が続き、「社長になりたい」という夢を持って上京、イベント企画者?としての幾多の失敗、そこから這い上がったと思えばまた失敗し、でも考えて考えてまた這い上がってきたという半生が語られると、なんだかしっかり考えている人なんだなと評価が一変した。

そもそも私は動画で紹介されているようなDJクラブイベントなんぞ行ったことがないので、いまいち理解できていないところも多いが、数千人規模の人を集めたというのはすごいし、この話が本当ならとんでもない行動力とバイタリティを持ち合わせた人なんだなと思う。

みんなが「好きなことで生きていく」を実行すれば、日本は終わる、が実際行動に移す人なんかごく僅かしかいない。

彼も言っていたが本当にその通りで、人は結局行動することに対して、やらない理由を見つけるのが上手い動物だ。

そしてタチの悪いことに自分の行動だけでなく、他人の行動も制御しようとしてくる。

でもそんな意見は参考にはすべきかもしれないが所詮は他人の意見なのだから、それに自分の行動を制限されるべきではない。

好きなことで生きていくことは決して難しいことではない。自分が動き出せば何かが変わるはずだ。

また彼は頑張ることが重要なのではなく、どう頑張るかが重要であると言っていて、どうすれば好きなことで生きていけるかの方法まで述べていた。

YouTuberの代名詞ともなっている「好きなことで生きていく」という言葉に対し、多くのYouTuberが自分なりの解釈を動画でupしているが、その中でも彼の解釈は最も納得できるものだったと思う。

40分の動画があっという間だった。彼の他の動画を見てみよう、とは別に思わないが、少し動向を注意して見ておこうかなと思ったし、私も好きなことで生きていくためにこれからも頑張っていこうと思えた。